沼津花火旅②|自由席で見上げる夜空、強風と交通規制を越えて――始発に滑り込み、小田原からロマンスカーで新宿へ

2025年9月4日

夕方の涼しさがすっと背中に入り込み、会場の空気が切り替わる。自由席のあちこちで、膝の上に上着を掛ける人、飲み物を買い足しに立つ人、カメラの設定を確かめる人。私たちのシートはペグでしっかり固定済み。座面にこもる地熱がじわりと膝に伝わり、体の重心が落ち着いてくる。アナウンスがいくつか流れ、遠くで合図のような小さな音がいくつか重なる。いよいよだ。

最初の花火が夜空に芯を打ち込み、破裂音が胸板に跳ね返ってくる。この大会は珍しく自由席があり、しかも地元の落ち着いた雰囲気が色濃い。観覧者は肩を触れ合わせるほど詰め込まれておらず、視界の先に余白がある。花火はその余白を丁寧に埋めていく。大輪の花が開き、光の粉が尾を引いて散る。色が変わるたび、周囲から小さな声が一斉に漏れる。歓声というほど大きくはない、けれど確かに喜びが混じった吐息。自由席の距離感が、その音までやさしく響かせる。

風は相変わらず気まぐれだ。強く吹く瞬間は、花火の煙が斜めに流れ、画の表情が一変する。時には音が先に届き、少し遅れて光が視界を満たす。風の手のひらの上で展開される夜の絵巻に、意識が吸い込まれる。ペグで固定したシートは一度もめくれず、座った姿勢のまま肩や荷物の位置をほとんど直さずに済んだ。隣の家族がシートの端を押さえているのを見て、昼間の選択が正しかったことを改めて確信する。風に翻弄されるのではなく、風に寄り添って見る—それが今日の正解だ。

プログラムが進むほど、色の設計に物語が生まれてくる。単色の大輪から、重ねの色、細い残光が幾筋も走る型、間を置いてからもう一度開く二段の仕掛け。自由席だからこそ、全体を俯瞰して見渡す感覚が持続する。視界の端に残る余白が、次の一発の期待を受け止めてくれる。耳は打ち上げのタイミングを追い、目は空の広さを測り、体は振動を受け止める。三つの感覚が同時に満たされるのが、花火の快感なのだと改めて思う。

観覧中、交通規制で一方通行の導線が多いことを思い出し、帰路のイメージを再確認する。以前の私は、終演の余韻に身を委ねすぎて駅までの流れに乗り遅れることが多かった。だが今日は違う。自由席で席を立つタイミングは自分で決められる。フィナーレの一段前、プログラムの山が来る直前に荷物の配置を変え、靴をしっかり履き直しておく。ペグは最後にまとめて回収するつもりだが、取り外しやすいように端の二本だけは少し緩めておく。こうした細かな段取りをしておくと、終演後の一連の動作に無駄がなくなる。

終盤、夜空は一気に明るさを増し、花が重なって咲き続ける。音の密度が上がり、会場全体が光の鼓動の中に抱かれる。光の粉が降り積もる錯覚の中、最後の一打が高く高く抜け落ち、静寂が戻ってくる。その一拍の後、拍手が波のように広がる。立ち上がる人の衣擦れの音、シートを畳む手の動き、子どもを抱き上げる親の笑い声。名残惜しさと実務的な動きが同居する、あの独特の時間帯に入った。

ここからが勝負だ。駅まで早歩きで向かい、JRの始発に乗る。人の流れは太い川のようにできているが、一方通行の区画があるため、途中で横移動はできない。焦って反対側に渡ろうとしても無理だ。私たちは事前に見た導線の矢印に従い、流れから外れない速度で歩く。走らない、でも立ち止まらない。信号待ちのタイミングでは、体の向きを少し先へ向けておく。曲がり角では足元のシートやペグ袋を再度確認。荷物が少ないほど、群衆の中での機動力は高まる。やがて駅の入口が見えたとき、胸の奥でほどけるような安堵が広がった。**無事、始発に間に合った。**ドアが閉まる刹那、座席に沈み込むと同時に、肩の力が一気に抜けていく。車内の冷房が汗ばむ首筋を冷まし、ようやく体温が落ち着いてくる。

列車が動き出す。窓の外には、人の列がまだ続いている。今日という一日が、一本の細い糸のように頭の中でつながっていく。新宿から小田原へ、小田原でアジフライ定食、東海道線で沼津へ、ミカンのかき氷で整え、自由席を確保、交通規制の一方通行に気を付け、風に備えてペグでシートを固定、そして始発に滑り込み。一本一本の出来事が、それぞれに色と手触りを持ちながら、確かに「沼津の花火」という芯に巻きついていく。

小田原に着いたら、ロマンスカーで新宿へ戻る。乗り換えの間に深呼吸をひとつ。ロマンスカーの座席は、背中に沿うように緩やかなカーブを描いていて、日帰りの疲れをほどよく受け止めてくれる。照明は少し控えめ、通路を行き交う足音も柔らかい。発車のベル、扉の閉まる音、加速の滑らかさ。窓ガラスに映る自分の顔には、少し火薬の匂いと、柑橘の残り香が混じった表情が乗っている気がした。目を閉じると、光の残像がまだ瞼の裏に散っている。音はもう聞こえないのに、身体には振動の記憶が残っていて、それが心地よい余韻になっている。

新宿に着く頃には、街の灯りは完全に夜のスイッチに入っている。改札を抜け、人の流れに乗りながら、今日いちばん印象に残った瞬間を探す。打ち上がった瞬間の音か、光の軌跡か、最初の一口のアジフライか、ミカンのかき氷のひんやりか。きっとどれも正解なのだろう。日帰りの旅は、長くはないからこそ、濃度が高い。必要なものだけを詰め込んで、余白をのびのび使う。自由席のような旅だと思った。

最後に、今日の学びを自分用のメモとして記す。自由席は16〜17時でも二人分なら確保できた。ただし年や条件によっては違う可能性があるので、油断しない。交通規制で一方通行の区画があるため、帰り道は事前に矢印の向きを頭に入れておく。風が強ければ、沼津駅のCanDoでペグを買う。そして、フィナーレ後は早歩きで駅へ。この4つを守れば、同じ工程でまた気持ちよく楽しめるはずだ。日帰りは短い。だから、賢く、軽やかに。次の夏も、きっとまた。